レイコとシンジ-罪と罰-後編- 3
慎治の頭の中に浮かんだ、自分におしっこを飲ませていったクラスメートの映像は消えずにグルグルと駆け巡る。アハハ、アハハハハ、アハハハハハッ!嘲笑の声が聞こえてきた。その筈がない、ここはトイレだ、みんなの笑い声なんか聞こえる筈がない!!!だがいくら打ち消そうとしても、慎治の頭の中に響く嘲笑の声、礼子の富美代の和枝の・・・そして陽子の声は止むことなく却って増幅し拡大していく。現実には陽子一人が慎治におしっこを飲ませながら嘲笑の声を上げているだけなのだが、慎治の頭の中は全員の、クラスメート全員の自分を見下ろす顔、嘲笑う声に支配されていた。や、いや、いやだあああああっ!や、やめ、やめろおおおっ、!!わ、笑うな、笑うな、笑わないでくれえええええっっっっ!!!慎治の目の前が赤黒く染まり意識が混濁していく。自分が完全に発狂寸前、パニック状態に陥り精神も肉体も制御できなくなっていくのを微かに感じた。
「ウッギィャラオオオオオッッッ!!!!!」突然獣のような、声とも咆哮ともつかぬ訳のわからない絶叫と共に慎治の全身がビクンビクンと痙攣した。「キャッ、な、何よ!」陽子が叫ぶと同時に「ギッヒャアアアアアアアッッッッッ!!!!!」漏斗を咥えたまま慎治が突然跳ね起きた。「キャアッ、何するのよ!」慎治の顔に漏斗でお尻を下から突き上げられ、バランスを崩した陽子を慎治は更に両手で突き飛ばす。
ドザッ、ゴッ!「い、いったーい!」排泄中の無防備な所を思いっきり突き飛ばされては堪らない。陽子は踏み台から後ろ向きに転げ落ち、半回転して頭を床にしたたか打ち付けてしまった。「ウガアアアアアッ!!!」その陽子に一目もくれず、慎治は絶叫しながら個室、公衆便所の刑を執行されていた個室から走り出し、パネルを突き倒すとトイレから走り出ようとした。
「な、何よ!」慎治の絶叫に有希子が驚いて振り向いた瞬間、有希子の股間の下からも絶叫が響いた。「イイイイアアアアアッッッ!!!!!」
あっと思う間もない、絶叫と共にガバッと体を起こした深,力嚇佑鵬・・実匸されてバランスを崩した有希子を更に慎治が突き飛ばす。
「キャアアアアアアッ!やめてよ!」悲鳴と共に半身のまま下から押された有希子は体の捻りそのままに前向きに飛び込む様に床にダイブしてしまった。ザウッ、ガッ!「いったああああ・・・な、なんなのよ・・・」有希子の呻き声が漏れる。
興奮の余り目の前が真っ暗になった慎治たち二人は闇雲に個室から飛び出るとガッシャアーン!とパネルを勢いよく突き倒し、勢い余って自らも転びながらトイレの中央に転がり出る。「キャッ、な、なによ!」「何なの、どうしたって言うのよ!」トイレに居たクラスメート数人の悲鳴が上がる。その中を四つん這いになり、たたらを踏みながら立ち上がった慎治たちが奇声を発しつつ駆け抜けようとする。
「アギャラアアアアアッッッ!!!」「イギイイイイイイッッッ!!!」だが運の悪いことにトイレには丁度、富美代と朝子が来ていた。二人とも流石に驚いたものの慎治たちの逆切れはしょっちゅう見ている二人だ、リカバリーは速い。一瞬にして冷静さを取り戻し慎治たちに襲い掛かった。
「アアアアアッッッ!」「ハッ!」絶叫しながら駆け出そうとする慎治の足元を朝子のローキックが掃腿の要領で払う。「ハイッ!」「グハアッ!」富美代も慎治を避けるどころか逆に反射的に、機先を制するかのように一歩踏み込み駆け出そうとする慎治が未だスピードに乗れないでふらついているところを、素早く右腕を掴んで極める。「ハヤッ!」極められた右手首を中心に慎治の体が宙を舞い、コンクリートの床に叩き付けられる。「ゲッバアッ!」そして富美代も朝子も素早く慎治たちの腕を極めながら頭を踏みつけて動きを封じる。「ほら慎治、何やってるのよ!」「慎治、一体どういうつもりよ!何の真似なのよこれは!」富美代と朝子の一喝が慎治たちの精神の昂ぶりを鞭のように打ち据え、一瞬にして萎えさせる。
その時、倒れたパネルの向こうから呻き声が聞こえてきた。「イタタタタ、ひ、酷いわ・・・」「な、なによ、何で私が突き飛ばされるの・・・」陽子と有希子の声だった。声の方を振り向いた富美代たちの顔が怒りに彩られる。「・・・慎治、あんた一体どういうつもりなのよ!?」グイッとさらに一捻り腕を捩じ上げつつ、朝子が横にいた真弓に声をかけた。「ったく慎治、あんた分かってるの?こんなことしてどうなるか・・・真弓、玲子たち呼んできて!」「OK!」朝子に頼まれた真弓は教室に書け戻り、玲子たちに急を告げた。
「玲子!大変よ慎治が、慎治がね、有希子をトイレで突き飛ばして転ばせちゃったのよ!慎治も陽子のことを転ばせてたわよ!兎に角速く来て!二人とも怪我しちゃってるみたいよ!」「な、何だって!?マジそれ?真弓、ホントなの!?」「本当よ!いいから二人とも速く来てよ!」ガタッと椅子が引っ繰り返るほど勢いよく、礼子が立ち上がった。「で真弓、慎治たちは?連中はどうしたの?」「丁度トイレには朝子とフミちゃんがいたわ。だからあの二人が慎治たちのこと、取り押さえてるわよ。」「礼子、行こう!」一声かけると玲子は全力で走り出した。そしてトイレに着くと思わぬ光景に息を呑んでしまった。
富美代と朝子に取り押さえられ、トイレの床に押さえつけられている慎治たちには目もくれずに玲子は有希子たちに走りよった。「有希子!陽子!大丈夫?一体・・・一体どうしたの、何があったのよ!?」「・・・知らないわよ、こっちが聞きたい位よ!私がおしっこ飲ませてたら、突然慎治が暴れだして私のこと突き飛ばしたのよ・・・アツツ、ああ痛いな、もう・・・」「ちょ、ちょっと見せて・・・ああ有希子、血が出てるよ・・・」玲子が言うまでもなく、床に転がされた有希子は二の腕を擦り剥いて血を滲ませていた。「礼子、陽子はどう?」玲子は陽子の方を振り向いて礼子に声をかけた。「頭は軽く打っただけみたいだけど・・・転んだときに膝を切っちゃったみたいね、血が出てるわ。兎に角二人とも、早く保健室に連れてかなくちゃ。転んだ場所が場所だし、化膿したら面倒よ。」礼子の声に頷いた富美代と朝子が反対側から陽子と有希子を助け起こす。「いいわよ礼子、保健室には私たちが一緒に行くから・・・それより礼子たちはここをお願い。大丈夫、陽子?歩ける?」「ありがとう・・・大丈夫、骨がどうにかなった訳じゃないから、歩けるわよ・・・でも」富美代の手を借りて軽く足を引きずりながら歩き出した陽子は涙を溢しながら礼子を振り向いた。
「・・・ねえ礼子、なんで、なんでなの?なんで私がこんな目にあわなくちゃいけないの?トイレの床に突き飛ばされて、転ばされるなんて・・・トイレ、トイレにだよ?わたし・・・悔しい、なんで私が慎治に、慎治なんかに怪我させられなくちゃいけないのよ・・・しかもトイレで・・・あんまりよ、あんまりだわ!」有希子も余りのことに涙を流していた。「そうよ・・・そうよ・・・玲子、ひどい、ひどすぎるわよ!こんなのないわよ・・・私・・・私、トイレに、トイレの床に・・・顔打ち付けられたのよ・・・なんで、なんで私がこんな目に会わなくちゃいけないの?私が何したって言うのよ?あんまりよ!絶対・・・絶対許せない!」
陽子たちが保健室に連れて行かれた後、トイレを一瞬の静寂が支配していた。やがてその静寂を破るように低い声が響いた。「・・・慎治・・・慎治・・・」顔をやや伏せたまま、礼子が呪文のように慎治の名前を唱えていた。「・・・慎治・・・あんたよくも・・・やってくれたわね・・・・・」ゆっくりと顔を上げた礼子と視線が合った時、慎治は思わず恐怖の余り全身が凍りついてしまった。礼子の整った顔立ちは紅潮し、大粒のダイヤのように光り輝く美しい瞳は激しい怒りの炎に燃え上がっていた。慎治が初めて見る表情、それは礼子の本気の怒りの表情だった。礼子は本気で怒っていた。あれだけの大罪を犯した慎治たちをこの程度の、ほんのおしるしだけの罰で許してやろうっていうんだからね。ほんと私も甘やかし過ぎよね、慎治、感謝しなさいよ。礼子は慎治たちが自分に感謝していると信じて疑っていなかった。それを・・・よくも裏切ったわね。私がこれだけ優しくしてあげたのに、慎治はそれを裏切りで返すのね。陽子に、私の友達に、女の子に怪我させるなんて・・・許さない・・・・・
日頃慎治を苛める時、礼子は楽しそうな輝くばかりの笑顔を浮べ、決して怒りの表情を見せたことはない。どんなに理不尽に責め苛みながらも常に楽しそうな遊びの表情であり、怒ったことなど殆どない。慎治にとって礼子の本気の怒りの表情は久し振り、初めて唾を吐き掛けられた時以来の、本当に久し振りに見るものだった。なまじ整った文句の付けようのない美貌だから余計に恐ろしい。柳眉を逆立てるといった言い方が最も相応しい、見るものの血を凍らせる夜叉、悪鬼羅刹の類いの表情だった。「・・・慎治、許さないよ・・・」
礼子はゆっくりと慎治に近づいていく。ヒッ・・・慎治は後ずさりしようとするが礼子の本気の余りに激しい怒りに半ば腰が抜けてしまい、満足に動くことすらできない。「・・・慎治・・・」その美しい瞳をカーミラの邪眼の様に燃え上がらせながら礼子はゆっくりと慎治の胸倉を鷲掴みにする。ヒッ・・・慎治は悲鳴をあげたつもりだが、実際には恐怖の余りかすれ声すら発していない。「許さないよ・・・」アアアアアアッ!慎治の悲鳴と共に激痛が襲い掛かった。「ハッ!」烈昂の気合と共に礼子の右当身が慎治の鳩尾に食い込む。「ゲバアッ・・・ビギャアッ!」悲鳴を上げる隙すらなく、腰をくの字にかがめようとする慎治の顎を礼子の肘打ちが叩き起こす。そして間髪を入れず、礼子の全開の右前蹴りが慎治の胸に炸裂する。「グハアッ!」蹴り飛ばされてトイレの壁に叩き付けられた慎治にずいずいと礼子は近づいていく。
「ヒッ!ヒイッ!!」「この手・・・邪魔よ!」礼子は一瞬の躊躇もなく、反射的に頭部を庇った慎治の右腕を強引に捩じ上げる。お、折られる!そう慎治が思うのより早く、礼子は捩じ上げ脱臼させるなんてもどかしい、とばかりに完全に極めた慎治の肩に凄まじい手刀を叩き込んだ。バギッ・・・・・「ギヒイイイイイッ!」半ばへし折り、打ち砕くかのように肩を一瞬にして脱臼させられた慎治の悲鳴に委細構わず、礼子は慎治の左腕も捩じ上げ同様に破壊する。「ギ、ギアアアアアッ、ヘアッ・・・」両肩を破壊された激痛に絶叫する慎治の喉下に礼子の純白の上履きが食い込む。右上段前蹴りで慎治をトイレの壁に昆虫採集のように釘付けにしながら、礼子は怒りに震えた声で言い放った。「慎治・・・よくも陽子を・・・よくも私を裏切ったわね・・・許さないわよ・・殺・・・す・・・」恐ろしいほどの殺気がこもった声を発しながら礼子は慎治を捕らえた右足にグッと力をこめると、一旦その足を引き戻した。
礼子の右足が引かれたその瞬間、玲子の声が響いた。「待って礼子、それまでよ!」怒りに顔を紅潮させながら礼子が振り向いた。「何よ玲子、邪魔する気!?ほっといてよ!慎治を庇いだてする気なら、聞く耳持たないわよ!誰が何と言おうと私、慎治のことは・・・殺す!」「礼子、少しは落ち着いてよ!私が慎治たちの事を庇いだてするわけないでしょ!私だって有希子の仇を討ちたいわよ!だけど今はタイムアップよ。もう昼休みはおしまい、今からじゃ慎治たちの事殺す、て言ったって大したことする時間はないわ。蹴り倒して骨何本かへし折ってそれでお終い?そしたら病院送りで万事終了?礼子、あんたそんな温いんでいいの?こいつらに・・・こんな大それた事をしでかした慎治たちを簡単に、一思いに殺しちゃってそんなんでいいの?私はいやよ!礼子、こいつらの罪は・・・後でたっぷりと時間をかけて、たっぷりと痛めつけてやらなくちゃ許せないわよ!礼子、礼子はどうなのよ!?慎治たちを・・・この最低の連中をそんな簡単に罰してそれでOK、て済ましちゃう気なの?」
フウッ、フウーーーッ・・・ウウウーーーーー・・・全身を怒りに総毛立たせた猛獣のように小刻みに全身を震わせながら、慎治を壁に縫いつけた姿勢のままで礼子は暫く玲子のことを睨みつけていた。やがて大きく一回、深呼吸をすると口を開いた。「・・・そうね・・・玲子の言うのも一理あるわね・・・いいわ慎治、この場はここまでよ。慎治の命、ひとまず預けておくわ。だけど」すっと長く伸びた足を下ろしながら礼子は宣告する。「慎治、あんたのことは絶対許さないからね。後で・・・リンチよ!」
ドスッ!グエエッ・・・礼子は慎治を絶望に突き落とす言葉を吐き捨てると慎治の鳩尾に掌底をめり込ませ、うずくまる慎治をその場に残してクルリと踵を返し、トイレから足音高く出ていってしまった。
礼子たち二人の殺気立ったやりとりにトイレの中はシーンと静まり返っていた。フウッ、残された玲子は小さく溜息をつくと慎治に近づいてきた。「・・・たく礼子ったら、やりっぱなしで行っちゃうんだから・・・」ブチブチとぼやきつつ玲子は慎治の右腕を掴んだ。「ヒッ!な、何するの!!!」「・・・ったくうざいわね、肩を入れてあげるだけよ、ほら静かにしなさい、動くとよけい痛いよ!」グッ・・・ゴギッ、ヒイイイッ!肩を外された時と変わらないほどの苦痛が慎治を襲った。その悲鳴に委細構わず玲子は慎治の左腕も嵌める。ゴリッ、ギャアアアッ!「ほら慎治、嵌ったわよ、肩動かしてごらん?」痛みが少し治まったところで玲子が声をかけた。その声に促され、慎治は恐る恐る肩を動かしてみる。動く・・・もう痛みも大分引いている。ああよかった・・・僕の腕、大丈夫みたいだ・・・「どうやら動くみたいね。」立ったまま見下ろす玲子を、慎治はトイレの床から見上げる。「あ、は、はい・・・動く、動きます・・・あ、あ・・・」「何?何か用?」「あ、はい・・・あ、あの・・・あり、がとう・・・」
「ハアアッ?ありがとう?慎治、あんた本物のバカア!?私が怒ってないとでも、慎治が肩外されて可哀想だから手当てしてやった、とでも思ってるの?」玲子は呆れて物も言えない、というように大きく首を振った。「慎治、言ったでしょ?礼子に負けず劣らず、私だって今、滅茶苦茶怒ってるのよ。今応急手当してあげたのは後で慎治をゆっくりと嬲り殺しにしてやるため、それだけ、そのためだけなのよ?それをまあ、ありがとう、だなんて・・・慎治、あんた本当にバカなのね!・・・まあいいわ。慎治がバカだろうと何だろうともうどうでもいいわ。一つだけ、幾らおバカな慎治でも分かるようにハッキリと言っておいてあげる。慎治もしっかり聞いときなさい!慎治、あんたたち二人とも・・・放課後、リンチよ!」
