レイコとシンジ-復讐するは我にあり-前編- 1
初めてだった。翌朝目覚めた時、背中、尻、脇腹、慎治たちの全身に礼子たちの鞭の痛みが残っていた。それだけならいつものことだ。だが恨み、富美代と朝子におしっこを引っ掛けられ、馬糞まみれにされた恨みは消えていなかった。いや、一晩置いて尚一層、恨みはつのっていたかもしれない。肉体的な痛みは時間と共に急速に薄れていく。だが精神的な痛みは時間と共に却って増していく。慎治たちはその痛みに駆り立てられるように、復讐の幻想を語り合い、精神の傷口を舐めあっていた。二人は本気だった。本気で,真面目に仕返ししようと必死で知恵を絞って、来る日も来る日も復習計画を練っていた。
それが間違いだった。考えれば考えるほど、礼子たちと自分たちの実力差に思いが至ってしまう。いや、礼子たちどころではない。仮に二人掛かりで行ったとしても、慎治たちの腕力では富美代や朝子にも軽くあしらわれてしまうだろう。そのことは嫌と言うほど思い知らされている。だから慎治たちの企みはとんでもない方向に進んでいってしまった。そう、誰か人を,礼子たちより強い人に頼んで、礼子たちをやっつけてもらう、という考えに。とんでもない考え違いだった。確かに礼子たちは慎治たちより遥かに強い。だが、それがどうしたと言うのだろうか。礼子たちといえども、24時間いつも気を張っているわけではない。慎治たちが本当に自分を捨て,復讐を最優先とするならば、手段などいくらでもある。例えば後ろからナイフで刺すとか闇討ちをかけるとか家に火をつけるとか、極端に言えばヤクザからピストルを買い,撃つという手だってある。いくら礼子たちが強い,と言っても,それは真っ向から向かい合った時の話だ。慎治たちが、自分が犯罪者になったって構わない,という覚悟さえできれば、手段はいくらでもある。突き詰めれば人を殺す,ということはナイフを10センチ前に突き出す,ピストルの引き金を数センチ引く,と言った,僅か数センチの動きを躊躇い無くできるかどうか、に過ぎない。慎治たちはその数センチの覚悟がなかった。本当にもう礼子たちに苛められるのが嫌だ,この地獄から抜け出るためなら,どんなことでもする、自分が犯罪者になるのなんて、全然構わない。礼子たちを殺すか,自分たちが死ぬか,どちらか二つに一つだ。ここまで考え覚悟を固めていれば、おのずと腹も固まり,本当に復讐できたかも知れない。だが慎治たちはそうではなかった。何が何でも復讐してやる,という硬い決意を持てないままに、言葉だけで復讐,という重い覚悟を孕んだ言葉を弄んでいた。逆に言えば,そうやっていつまでたっても覚悟が固まらず,無意味なプチ反抗だけを繰り返してきたからこそ、礼子たちにここまでいいように苛められて来た訳だが。ともあれ、慎治たちはおよそ最悪の選択,自分たちの運命を賭けた復讐を赤の他人に依頼しよう、という致命的なミスをおかしてしまった。赤の他人,慎治たちと違い,礼子たちに別に恨みがあるわけでも何でもないから、失敗しても別にどうということはない人間に復讐を依頼する、というのが何を意味するか。そして、その所詮他人事の依頼が失敗した場合に、礼子たちがどういう行動に出るか,慎治たちは考えを巡らすことができなかった。むしろ、「礼子さんたちよりもっと強い人に頼めばいいんだ!」と何か,自分たちがぶつかっている分厚い壁をブレイクする天啓を得たかのような幻想に酔い,甘い期待に打ち震えてしまっていた。だが復讐を依頼できる相手はなかなか見つらなかった。強く,しかも礼子たちを,女の子を平気でグチャグチャにできる男。もともとワルでもなんでもない慎治たちにそんな知り合いがいるわけない。だが八方手を尽くして探している内に,一本の糸が繋がってしまった。そして慎治たちの運命も、大きく変わろうとしていた。
「なあ慎治、あいつらのこと、先輩に頼んでやっちゃおうぜ・・・」またか、慎治は何の気なしに応じた。先輩、慎治が中学の頃、パシリに使われた先輩とやらに頼んで礼子たちをやっつけて貰おう、て話だよな。全く、そんなこと、出来るわけ無いくせに・・・何十回目かの答えだった。「やっちゃうって、誰に?そんな中学の時の先輩に頼む位なら、ヤクザでも雇った方がまだマシじゃない?」いつもだったら、ここでおしまいの話だ。だが今日は違っていた。慎治は目をギラつかせながら、身を乗り出してきた。「違うんだよ、慎治、俺の直接の先輩じゃないんだけどさ、紹介してくれる、ていうんだよ。」紹介ね、ふーん、誰を?どうせ、どうでもいい、その辺にたむろってるチンピラだろ?「いや慎治、それが驚けよ、SNOW CRACKだぜ?あそこの坊野さん、あの人と話が繋がる、て言うんだよ!」慎治もこれには些か驚いた。SNOW CRACK、一見テニスサークルかと思うような軟派な名前の彼らは,通称白ギャンとも呼ばれ地元で一目置かれる、いや最悪,札付きのワルだった。専門は名前のとおりドラッグの密売だが、幹部を含め末端に至るまで全員理性が欠片すらない、イカれたメンバー揃いのギャングだった。男は殴る,女はレイプする,金が欲しけりゃ強盗でもなんでもする、狂犬同然の連中だった。いずれあと数年したら全員、ヤクザ、廃人、黒枠の写真に収まっている,のどれかだ、と奄ウれるだけあり手のつけ様が無い、本職のヤクザでさえ関わりあいになるのを嫌がる連中だった。勿論、マジ坊の慎治は名前だけは知っているが、会ったこともない、遠い存在だ。その連中に慎治はあたりをつけられる、と言うのだ。「慎治、それ、本当か?スノー、て、あのチームだろ?幾らなんでも、あそこに頼めるわけないだろ?僕たちなんか,会っただけで金、せびられるのがオチじゃないの?」「いや、これが本当なんだよ。中学の時の先輩の友達の従兄弟がさ、あそこのプレジの坊野さんなんだよ。でさ、頼めば、カネ次第では坊野さん、力貸してくれそうだっていうんだよ。上手いことにさその人、サブ、ていうより坊野さんとタメの検見川さんって人ともツーカーだっていうんだぜ、どうだい、これ、凄え話じゃないか?」
