レイコとシンジ-リベンジ-後編- 4

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ポンッと礼子が慎治たちの目の前に二つの財布を放り投げた。え、なにこれ・・・僕たちの財布だ。なんでここで財布を渡されるの???訝る二人を見て礼子が冷たく微笑んだ。「慎治、いい?このクラブはね、高級な、上品なクラブなの。はっきり言ってね、おしっこや馬糞にまみれた汚いホームレスに入られちゃ、困るのよ。だからね、あんたたちも私たちと一緒にチェックアウトしといたわ。荷物も全部出して、もう亮司先生たちのランクルのトランクに入れといたからね。」「そ、そんな・・・じゃ、じゃあ・・・シャワーも浴びられないじゃないですか!」「ひ、ひどい!じゃ、せ、せめて・・・せめて荷物だけは返して!す、水道だけ借りて着替えるから、せ、せめて荷物だけは・・・」哀願する慎治たちを満足げに見下ろしながら、玲子が後を引き取った。「そう。礼子の言うとおり、汚い格好でこのクラブの回りをうろつかれちゃ迷惑なのよ。あんたたちはどう見ても常識っていうものが全くない恥知らずみたいだからさ、放っといたらこんなとこで裸になったり、汚い体洗い始めたりしてクラブのみんなに大顰蹙買いそうだわ。だからね、そんなバカな真似できないようにあんたたちの荷物、私たちが預かっといてあげる。この道まっすぐ行けばJRの駅だから、そこの待合室に置いとくわよ。ま、無くなるといけないから一応、貴重品だけは返してあげる。」「分かったわね、二人とも。そんな汚い格好でクラブに入ったりしたら、後で酷い目に会わせるからね!最も、」礼子は慎治たちに言い渡しながらクスクスと笑い出した。「このクラブ、セキュリティはしっかりしてるからね。ちゃんとゲートのところではフルタイムでガードマンが入場者をチェックしているわ。あんたたちみたいな汚いの、絶対に入れてくれないけどね。嘘だと思うなら、試してみてもいいわよ。」あ、ああ・・・そ、そんな・・・慎治たちはへなへなとその場に座り込んでしまった。や、やっと、やっと体を洗えると思ったのに。やっと着替えられる、と思ったのに。また、また歩け、て言うの?こ、ここから駅までってどれ位あったっけ・・・ぞくっ・・・二人の背筋に悪寒が走った。どう考えても10キロはある・・・ば、倍・・・グラウンドからここまでの倍以上じゃない!!!「お、お願い・・・」思わず慎治は両手を胸の前で組み、祈りのポーズになって哀願した。「お、願い・・・じゃ、じゃせめて、せめて・・・駅まで僕たちも乗せて行って・・・おねが・・・」慎治も必死で哀願した。「そ、そう、そうだよ!!!せめて駅まで、と、トランクでもどこでもいいから、おねがい、おねがいしま・・・」だが慎治たちの哀願は亮司の声に掻き消されてしまった。「おいおいバカ言っちゃいけないよ慎治君!僕たちの愛車だよ、いくらなんでもそんな汚いままで乗せられるないだろう!?なあ良治?」「ああ、全くだ!それにね、二人とも行きは一緒に乗せて来てあげたろう?で、一日中玲子君たち美女を独占してたっぷり楽しめたんだ。せめて帰り位、僕たちにも美女独占のサービスタイムにしてくれてもいいんじゃないかい?言われなくても気を利かせて、ここで失礼します、位のこと言えなくちゃ駄目だよ、全く気が利かないなあ。」

必死で喚き続ける慎治たちを無視し、一行はさっさと二組に分かれてランクルに乗り込みむと未だ立てないでいる慎治たちをその場に放り出したまま、さっさと走り去ってしまった。あ、ああ・・・行ってしまった・・・二人は無言のまま、暫く呆けたように涙を流しながらすすり泣いていた。泣き続けている二人の横を、クラブから出て行く何台もの高級車が過ぎていった。立てなかった。立ち上がる気力はもうどこにもなかった。だが、いつまでも座り込んでいることすらできなかった。「おい、ここで何をしているんだ!?」野太い声が頭上から降ってきた。見ると大柄な、がっしりとしたゴリラのような体格のガードマンが慎治たちを見下ろしていた。礼子たちか、あるいは慎治たちの横を通り過ぎていった誰かがクラブに連絡したのだろう。「ここは私有地だぞ。さっさと出て行くんだ。大体、そんな汚い格好でこの周りをうろうろするんじゃない!ここのお客様の迷惑だろう、さっさとどこかに行け!」「は、はい・・・い、行きます、行きますから、お願い、水道だけ貸してくださ・・・」慎治は最後まで言うことすらできなかった。「何をバカ言ってるんだ!おまえらみたいな汚い、臭いガキを入れるわけないだろう!さっさと失せろ!ぶん殴られたいのか!」そのガードマンは腰に差した警棒を引き抜き、慎治たちを無慈悲に追い立てた。「おら、さっさと失せろ!また来るからな、その時に未だこの辺うろついてたら、足腰立たなくなるまでぶん殴るぞ!」

融通、慈悲など全くない、脳まで筋肉で出来ているようなガードマンに追い払われ、慎治たちは暗い夜道を駅に向かってとぼとぼと歩き出した。疲労、苦痛、絶望・・・ありとあらゆる負の感情が二人を支配する。10キロ・・・二時間はかかる。既に真っ暗になり、気温は急速に下がっている。身に浸み入る夜の冷気に震えながら、慎治たちはとぼとぼと歩き続けた。単調な田舎道。ポツン、ポツンと立つ街燈の回り以外は真っ暗な道。歩く人などいない、時折自動車が猛スピードで走り過ぎるだけだ。寂しい夜道を二人は延々と歩き続けた。既に疲れた、という感覚からなくなりつつある。ただただ足を動かすだけ。多分、一度止まったらもう歩けない。そして歩けなくなっても、慎治たちを心配してくれる人はどこにもいないのだ。止まったら・・・マジで死ぬかもしれない・・・死に対する恐怖のみが二人の足を動かしていた。延々と歩き続ける内に、漸く何もなかった道端にポツン、ポツンと民家が建ち並び始めた。ああ、漸く駅に近づいてきたんだな・・・少し、ほんの少しだけ元気を、余裕を取り戻した途端、忘れていた感覚が蘇ってきた。嗅覚が。二人の体にこびりついた汚物はもう、すっかり乾いていた。だが富美代たちのおしっこも馬糞も時間が経つにつれ、乾いてきたはいいものの臭いはむしろきつくなっていた。く、臭い・・・急に自分の発散する悪臭を感じた。自分が悪臭にまみれ、場末の公衆便所なみの悪臭を発散していることがわかる。そして全身から立ち上る臭いが、体に付着した汚れから出ているのではなく、自分自身の体から出ている、そう、自らの体臭のような気さえしてきた。悪臭に頭がクラクラしてきた。「ふ、富美ちゃん・・・あ、朝子さん・・・ひ、酷いよ・・・」ぼそっと慎治が呟いた。富美代に引っ掛けられたおしっこはとっくに乾いている。かなりが全身に浸みこんでしまっているだろう、もう体を洗っても拭いても、落とせないに違いない。そして服に引っ掛けられた朝子のおしっこも慎治の体温で既に乾燥している。二人分のおしっこがミックスされた僕の体臭。この臭い、もう抜けないんじゃないだろうか・・・「ひっ・・・ひっく・・・う、ウエッッッ・・・」傍らからすすり泣きが聞こえた。見ると慎治が肩を震わせて泣いていた。「し、慎治なんか、ま、まだ・・・まだいいよ・・・お、おれなんか・・・ば、馬糞だぜ???う、うんこまみれだよ・・・」慎治も涙を流していた。二人はメソメソ泣きながら歩き続けた。やがて着いた駅はローカル線の小さな無人駅だった。誰もいない、蛍光灯が寒々と冷たい光を発する待合室を見ると、二人のバッグが置いてあった。良かった・・・無くなってなかった・・・小さな喜びを噛み締めつつ二人はバッグをひしと抱きしめた。ああ、良かった・・・これでやっと、今度こそ体を洗える・・・水道はどこ?だがホームに水道はなかった。やっと見つけた水道はただ一つ、今時男女共用になっている小さな便所の手洗い用だけだった。無人駅だけに、ろくに掃除もされていない小汚い便所だ。べ、便所・・・また便所・・・だが他に選択肢はない。二人はのろのろと服を脱ぎ、体を洗い始めた。冷たい水を何度も何度も体にかける。バッグから引っ張り出したタオルで何度も何度も全身を拭く。だが所詮、冷水で拭いただけだ、完全にきれいにはならない。30分近く洗い続け、とうとう諦めた二人はのろのろと服を着始めた。

「駅の便所で体を洗って着替えか・・・俺たち、ホームレスみたいだな・・・」ぼそっと慎治が呟いた。「ホームレス・・・はは、確かにね。でもホームレスの方が未だマシかもね・・・」「そうだよな・・・ホームレスは鞭で叩かれたりしないよな・・・」「それに、おしっこ引っ掛けられたりもしないよね・・・」はは、はははは・・・・二人は力なく笑い続けた。「慎治の背中、見事な蚯蚓腫れだらけだぜ・・・」「そういう慎治の背中なんか、もうどす黒くなってるよ・・・お互い、酷くやられたもんだね・・・」「ああ、今までは玲子さんたちだけだったのが、朝子や富美代もいたんだもんな・・・」「倍、本当に倍、鞭で叩かれたよな・・・富美ちゃん・・・幼馴染なのに・・・」「朝子、苛めた、苛めたって・・・ちょっとからかっただけなのに・・・100、100万倍返しだなんてよ・・・」「あれじゃ礼子さんたちと変わらないじゃないか・・・」「う、ううん・・・玲子さんたちより、しつこい位かもしれないよな・・・」もう止まらなかった。一瞬、二人の視線が合った。「ち、ちくしょう・・・」「ひ、ひどいよ、ひどすぎるよ・・・」「鞭だなんて・・・」「ブーツだなんて・・・」「唾だなんて・・・」「おしっこだなんて・・・」「お、おれたちだって・・・」「に、にんげん、にんげんなんだ・・・」「そ、それを・・・」「あ、あんまりだ・・・」「こ、このままじゃ殺されちゃう・・・」「じ、自殺してやろうか・・・」自分の言葉に驚いたように慎治が悔し涙と涎でグチャグチャの顔をあげた。「で、でも・・・な、なんで、なんでぼくたちが、ぼくたちが自殺しなくちゃいけないんだ・・・」慎治もグチャグチャの顔をあげた。「そ、そうだ、そうだよ・・・し、死ぬのは、死ななくちゃいけないのはおれたちじゃない・・・あいつらだ・・・」「天城礼子と」「霧島玲子と」「神崎富美代と」「萩朝子だ!!!」「あ、あいつらを」「あいつらをこ、殺してやる」「や、やっつけてやる、仕返ししてやる!」「ひ、酷い目に、俺たちよりも酷い目に会わせてやる!」「お、思い知らせてやる!ぼ、ぼくをバカにするとどうなるか!」二人は自分たちの言葉に酔ってきたかのように叫び続けた。熱に浮かされたように。そうやって憎悪を募らせることだけが唯一、生への執着と希望を掻き立てるものだった。例えその希望が、パンドラの箱に唯一入っていた希望と同じく、自分たちをより深い地獄へと導くものだとしても。見詰め合う二人の口から同時に言葉が迸り出た。「ふ、、ふ、復讐してやる・・・」「り、り、リベンジ、リベンジだーーーっっっっ!!!」

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