JOYさんの作品「ファンタジー」<第三章>
カーテンの隙間から射す朝日がほこりの渦を巻いている。
重苦しい夢をみた朝、わたしは何度もこの光に救われた。
それは光の階段だった。
わたしの体に注ぐ光は透明な解放への道だった。
きっと神様はこのほこりの中から生まれたのだと思う。
きのうの夜はおねえさんのことを考えたりしてなかなか寝つけなかったが、 そのわりに、わたしはいつもよりすっきりと早く眼が覚めた。
ベッドの中でぐずぐずしようかと思ったけど、妙に頭は冴えているし、なにか気持ちが落ち着かなくて、わたしはベッドを降りてパジャマのままベランダへ出た。
冬のピンと張り詰めた空気が冷たく肌に心地よかった。
しっとりとした朝日はゆっくりと街を暖めていくようだった。
冬の朝の清潔な静かさが好きだ。
まだ眠っている街は、疲れた大きな獣が傷を癒して静かに寝ている姿を思わせた。
家の前の道を遠くから男の子が走ってくるのが見えた。
ジョンも一緒だ。
「お!... オッス。はやいじゃん。めずらしいな。」
「....おはよ....」
そうなのだ。コイツがジョンの戸籍上の兄貴なのだ。
お隣の家は藤井さんといってコイツはそこの家のタツヤというひとり息子だ。 わたしと同い年である。
コイツは3年生になっても毎朝ホッケーの早朝練習に行っているので、 ジョンは朝はコイツのジョギングに付き合わされている。
ただ走るばかりで迷惑極まりない。
その分夕方はわたしとゆっくり街をあるき、世の中の見分を広めるのであった。
タツヤと私は一応幼なじみという関係である。
親同士の年齢が近いこともあって、いわゆる御近所での家族ぐるみのお付き合い という関係にあった。
コイツにはちょっと変わったところがあって、なにを考えているのか 幼なじみのわたしにも良く分からないときがあるのだが、わたしはどこか コイツのことを、わたしの知っている男の子の中では一番まともなヤツだと思うところがあった。
そもそも中学生のときにはサッカーをかなり真剣にやっていたのだが、 Jリーグがはじまったら突然やめてホッケーに鞍替えした。
今後サッカーの人気が出るとなかなか日本一になれないからだそうだ。
時々ラジカセでよく分からない外国の曲をかけながらそれを肩に担いで 意味も無く近所をブラブラしていることもあった。
曰く、音楽はニュースであるからだそうである。
中学の頃わたしが、思春期のニキビみたいな悩みを思いっきり抱えていたとき、 「なんでわたしは生まれてきたんだろう。」などとコイツに言ったことがある。
このかなり真面目な人類の歴史的命題を真剣に思い悩む乙女に対して、 コイツは「そりゃあ俺がおまえを待ってたからだよ。」 などと言ってわたしの気持ちを暗闇にしずめた。
確かにコイツのほうが2ヶ月先に生まれてはいたが、 「待っていてもらった覚えはない」というと、 「運命の愛というものも世の中には存在するのだ。それは美しい偶然でもある。」 などとあくまでも救世主面をするので、なんだか腹がたつ上にあきれて、コイツは本当のバカではないかと思った。
ところがその日の夕方、学校から戻って郵便受けを見ると、コンビニの袋にマザー・テレサの本が入っていた。
その時のわたしには彼女の言葉はとても美しかった。
「子供は愛と祝福の中から生まれるのです。もしあなたの両親があなたを望まなかったなら、今日のあなたはここにはいないはずです。同じく、もし私の母親が私を望まなかったなら、マザー・テレサはなかったでしょう。」
「お前最近全然見かけないけど、部屋に閉じこもって勉強ばっかりしてんのか? 体にわるいぞ。たまにはエアロビにでも行って運動しねえと。」
「....うるさい....」
バカという言葉は飲み込んだ。
「今度、ホッケーの引退試合あるからさ、お前見に来いよ。友達連れてさ。 女の子が来てるとみんな結構気合入って盛り上がるからさ....」
「....暇だったら考えとく....」
「たのむよな、ひとつ、タツヤくん頑張れーとかなんかいってさ。わはははは...」
「......」
「よっしゃ!じゃあまたな!朝ご飯はきちんとたべるのだよ。わはははは...」
タツヤは得意のラジカセで音楽をかけながら庭の芝生で柔軟体操をはじめた。 ジョンは側に座り、首を斜めにかしげながら音楽を聴いていた。 タツヤによるとジョンはJohn Lennonの生まれ変わりなのだそうだ。
自分の作った音楽について出来具合を確かめるかのようにシッポを振った。
その日は学校でも授業は耳に入らず、ぼーっとおねえさんのことを考えていた。
休憩時間にケイコがやってきてほっぺたの傷をどうしたのかと聞いたが、ジョンの爪があたったのだと答えた。
授業中窓越しに外を見ていると、学校の前の道路でおじいさんがひなたぼっこをしているのが見えた。おじいさんが座るひだまりには、そこだけ緑の草が生えていた。 なにか過去の出来事を辿るような遠い眼で、おじいさんは前方の空を見つめていた。
教科書の該当箇所がわからなくなって、授業に集中するため頭を切り替えようとしたがぜんぜんダメだった。プリントがきて後ろへ回そうと振り向いたとき、おじいさんの姿は消えていた。ふとおじいさんは時空を超えたどこかにいってしまったような気がした。
ほんとうはおじいさんがいなくなっただけだった。
次の日は日曜日だったのでわたしはゆっくり起きて、パジャマのまま朝昼兼用の食事をとった。母親は既に朝食を済ませて洗濯など一仕事し、台所の隣りの居間で新聞を読みながら音楽を聴いていた。彼女の趣味はコーラスとクラッシック音楽で、最近では古いヨーロッパの民謡など、かなりオタクな分野の音楽に熱をあげていた。 ここのところのお気に入りらしい曲をわたしも知らず知らず口ずさむようになったが、曲の題名を知らなかったのでテーブルの上に出しっぱなしになっていたレコードのジャケットを手に取って曲名を探した。「マリアはいばらの道をゆく」という曲だった。
その日の午後わたしは髪を切った。
生まれて初めてショートカットにした。
今回は事前に母親に相談した。数ヶ月まえに通っていた塾を突然やめたときには、母親に何も言わなかったので、母親はおろおろしていたからだ。 母親はどうしてなのか理由を知りたがったが、どうせ大学に行ったら短くしようと決めていたし、短いほうが手入れも簡単で勉強が忙しいときに楽だと言うと、納得して美容院へ行くお金をくれた。
お店はいつもと違う、表参道の雑誌に出ていたデザインの上手なカットハウスにした。
いざショートにしてみると、思いのほか髪が少なくなって、なんだか裸にされてしまったようで恥ずかしかった。鏡の前でちょっと後悔して涙眼になりそうなわたしの顔を見て、店員さんは笑って、かわいくなった、菅野美穂ちゃんみたいだとお世辞をいった。しばらくすると見慣れたのか、短いのも悪くないと思った。首筋は寒いけど、頭は軽くなって感覚が冴えてくるような感じがした。 髪の短くなった自分が映る鏡を見て、洋服の趣味もショートカットに合わせて変えようと思った。
表参道を歩いて代々木公園を通り、新宿まで歩くことにした。
夕方の公園は子供を連れた若い奥さんや、犬の散歩をする人たちがお互い会釈を交わして通り過ぎていった。 変な格好をした若い人や外国の人達が大きなスピーカーから音楽を流して踊っていた。
大きな樹がすべての音を包み、柔らかい音楽にした。
新宿につく頃にはもうすっかり日も暮れて、夕闇の街をいつもの猥雑なネオンが照らし出していた。南口の花屋の前で、おねえさんが来るかと思ってしばらく待ってみたが、けっきょくおねえさんは現れなかった。
遅くなると母親が心配するので、帰りのキップを買おうと券売機のところまで歩き出すと、そこに花売りのトラックが止まっていた。
うすぼんやりと灯るライトの下で、小さなピンクのバラが窮屈そうにバケツ一杯に咲いていた。美容院でもらったお釣りでわたしはバラを一本だけ、かすみ草をつけて買った。 なんかアンパランスな取り合わせだったけど、花束はわたしとおねえさんみたいだと思った。
