JOYさんの作品「ファンタジー」<第二章>
期末試験も近かったので部活もお休みで、なんとなく時間をもてあますような週だった。
部活といっても3年生はもう引退で、受験勉強の合間に息抜きに出てくる程度なのだが、わたしはすぐに家に帰って勉強する気にもならないので、いつもなんとなく音楽室に立ち寄っては、「後輩の指導」と称して仲のよい後輩とおしゃべりをしていた。
ほとんど練習のじゃまをしているといってもいい。
わたしは吹奏楽部でクラリネットのパートを担当していたので、今のパートリーダーの子と仲が良く、わたしのおかげで彼女の任務はほとんど果たされないまま、全体練習ではいつもひどい主旋律が響いていた。
わたしは、とくに真面目にお勉強するタイプじゃないけど成績はそこそこで、いちおう中の上くらいの偏差値の大学には行けるでしょうと担任は言っていた。
大学には行こうと思っている。
特に明確な目的があるわけではないが、ただ、今のまま会社に勤めたら、
なにも知らない世間知らずのOLになりそうなのがいやだった。
だからといって、役に立ちそうも無いマルペケの受験勉強を黙々と続けるのも 苦痛だった。
試験準備週間でみんな学校に残っちゃいけなかったので、わたしはちょっとお買い物でもしようと思っていつも一緒に帰る友達を誘ったが、今日は帰って勉強するというので学校で別れて一人で新宿へ行った。
わたしは買い物をするときにはいつも新宿のルミネに行く。
オシャレに熱心な子たちは、吉祥寺のパルコとか、渋谷の109なんかがお気に入りだったが、わたしは駅に近くて便利なルミネが好きだった。
かわいい小物や、高級ではないけど女子高生にはお手頃の流行の服もそろっている。
わたしも洋服やお化粧には人並みに興味はあるけど、それは大学生になってからの楽しみに決めていた。一つには今の勉強を頑張るため、一つには全く新しい自分をはじめる計画のため。
南口を出てルミネに向かう途中、小田急に続く構内の花屋さんに立ち寄った。
ここにも、ちょっとかわいい小物やハガキがあって、わたしは時々チェックしているのだ。使う当てはないけど、どうしてもほしくなった小物と格闘して忍耐力を鍛えたりしていた。
その女の人はお店の奥にいた。
ライダースの皮ジャンに、すらっとした黒のパンツ。すごくスタイルがいい。
茶色のふわっとした髪がお花のライトアップに透けて、モデルのスチール写真みたいに見えた。白い大きなマスクをしていて、その上からのぞく眼が ちょっと静かな感じだった。
(わあ...きれいなひと...) その人は、お店の人に一通りお花の説明を聞いたあとちょっと考えて、小さなバラとガーベラとトルコキキョウを選び、かすみ草を添えてかわいらしい花束を買った。
わたしはお花の取り合わせとか、季節とかよく分からないけれど、その花束はなんだかとってもいいものに見えた。
わたしは、小物を選ぶふりをしながら、チラチラとその人のことを見ていたので、買い物を終えたその人がわたしのほうへ向かって歩いてきたときにはなんだか分からないけど急にドキドキした。
狭い店内でゴチャゴチャと並んでいる小物を避けながら、その人はわたしのいる前を通り過ぎようとした。
香水のいい香りがした。
「あっ、痛っ...」
ぼおーっと見ていたら、わたしのほっぺたに通り過ぎるその人のカバンがあたった。
「あら、ごめんなさい... だいじょうぶ?... ああら、大変...」
女の人は振り返り、わたしと目があった。マスクの上の眼がちょっとびっくりした。
わたしのほっぺたから、血が出ていたのだ。
カバンの金具かなにかで切ったらしい。
「いえ、だいじょうぶです。ほんとに、ちょっとだけだし...」
ほっぺたを押さえると、指先にあんまりちょっとではない血がついた。
「あらららら...ちょっとまってね...」
女の人は花束を抱えたままカバンからなにかを出そうとして、なんかくねくねと
しながら、あわてていた。
「ちょっとこれで。」
女の人はハンカチをわたしのほっぺに当てて、血をふいてくれた。
ハンカチにもおなじ香水の香りがした。
わたしはなんかドキドキして、どうしていいか分からなくて、固まったまま、
されるがままになっていた。
そして瞬間的にすごいスピードでいろんなことを考えた。
「困ったな...ちょっとまだ止まらないわね...じゃあちょっと来て.」 お店のお客と店員さんが少し離れて見ていた。
周囲の注目をあびるなか、わたしはその女の人に手を引かれてお店を出た。
ルミネの2階のトイレに入って水道で手を洗い、制服に血がついていないか確かめた。
「ちょっとトイレットペーパーだけどごめんね。ティッシュもってなくって...」
女の人は、トイレットペーパーを水にぬらしてわたしのほっぺたを拭いてくれて、カバンからバンソウコウを出して傷のところにはってくれた。
キティちゃんのバンソウコウだったけど、ほっぺたに貼ると、あんまりかわいくなかった。
「これでなんとか止まるでしょ。もうあんまり出てなかったし。」
「ほんとにすいません。ありがとうございました。」
「なにいってんのよ。こちらがすいませんよ。ごめんね、ほんとうに。女の子の顔に傷つくったら一生の問題になっちゃうわ。」
「いいえ、多分だいじょうぶです。そんなに大きな傷でもなさそうだし。」
「そうだったらいいけど...。あーあ、久しぶりにびっくりしちゃったわ。
ははは...」
あらためて見ると、なんか変な光景だった。鏡に映っているのは、さえないブレザーの女子高生と風邪をひいたきれいなおねえさんで、世の中の調和というものとはかなりかけ離れた取り合わせのように見えた。
「なんかびっくりしたら喉かわいちゃったわ。 お茶のむ? 時間あれば。
せっかくだし、お詫びにおごるわ。」
「いえ、そんな、とんでもないです...」
結局おねえさんのお誘いをありがたく受けることになって、わたしたちはルミネの喫茶店でお茶をした。
おねえさんは白いマスクをとって、ちいさくたたんでテーブルのはじっこに置いた。
マスクをとった顔はやっぱりきれいだった。
二人ともコーヒーをたのんだ。わたしはコーヒーは苦手で紅茶にしようと思ったけど、あつかましいと思われたくなかったので、おねえさんがたのむものと同じものにした。
店員さんが行って二人きりになると、なんだか、またドキドキしはじめた。
よく考えるまでもなく、初めて会った人なのだからどんな人かも分からないし、わたしはひとりっこで親戚も少ないので、こんなに年上のおねえさんと話をしたことがない。
どんな話をすればいいんだろう。
「煙草吸ってもいいかしら。」
わたしが沈黙しているので話しづらいのか、おねえさんは煙草をカバンから取り出した。
「はい。どうぞ。」
おねえさんの煙草もマルボロメンソールだった。
「あの...風邪をひいてても、煙草吸っていいんですか...?」
「ああ、これ? 私花粉症なのよ。結構重傷の。だから、花屋にはあんまり行きたくないんだけどちょっとお祝い事があってね。だから、花屋に行くときにはマスクしてただけ。風邪はひいてないわよ。あはは。」
「ああ、そうなんですか。」
またちょっと沈黙になった。わたしはドキドキしているのに、おねえさんはあんまり困った様子もなく、考え事をするように店の奥のほうを見ながらゆっくりと煙草を吸った。
「あの...おねえさん、きれいですね...」
「えっ...あはははは...ありがとう。 あなたも結構かわいいわよ。」
「いえ、そんなことないです。」
「ううん、目鼻立ちも整ってるし、お肌も白いし、お化粧すればきっときれいになるわ。 そのほっぺもぽちゃぽちゃしてて、かわいいわ...あはははは...」
わたしは恥ずかしくなってうつむいた。ほっぺたがぽちゃぽちゃしているのはわたしも気にしていて、親友のケイコにも赤ちゃんみたいとからかわれているのだ。
「きっと、髪をショートにすれば似合うわよ。大人っぽくなって。」
わたしは子供のころからずっと肩までのロングだった。
おねえさんは、明るくてよく笑う人だったので、わたしもだんだんリラックスしてきて、大学の話や、お化粧のお話、洋服の話なんかをした。
おねえさんは親切におすすめの化粧品の名前を書いてわたしにくれた。
おねえさんに約束があったので、まだちょっとお話したかったけど店を出た。
コーヒーはごちそうになった。
「じゃあ、私はこっちだから。暗くなったから気をつけてね。あと、ほっぺたほんとに
ごめんね。」 「いいえ、ありがとうございました....あっ、ハンカチどうすれば...」
「ああ、いいわ、それ。使えたらつかって、だめだったら捨てちゃって。」
「はい...すいません」
「なんのなんの、いいのよ、こっちが悪いんだから。じゃあね。」
その日は結局買い物をせずに家に帰った。
ジョンは私を待っていたらしかったが、その日わたしはジョンのことをすっかり忘れていた。
母親にただいまを言って、ほっぺたを見られないようにして二階にあがり、部屋で鏡を見ながらバンソウコウをはがした。
傷はちょっと目立つけど、2-3日で消えそうだった。
着替えてベットに寝転んで今日のことを考えた。
もらったハンカチをそっと嗅ぐと、あの香水の香りがした。
