エム恵さんの作品3「魔女の誘い」
彼女との関係も三年が経った頃、唐突に別れを宣告されて動揺するしかなかった。
「後生ですから、捨てないでください」
と、彼女の足元に平伏し哀願する私を冷たくあしらい、煙草を吸う彼女はこの世の誰よりもいとおしく想う女性である。
もはや私の頭を踏んでさえくれなかった。
どうやら私に飽きたらしい。
飽きたら捨てられるのが玩具の運命だと理解はしているが、三年ものもの間あれほど私のことを可愛がってくれた彼女に引導を渡されたのには、どうしても納得がいかなかった。
「理由を教えてください」
と、身分違いは承知の上で食い下がった。
すると、煙草を吸い終えた彼女は、ゆっくりと話し出した。
「・・・この間、ミストレスバーでドミナ達と飲んでいてほとほとお前の意気地のなさを思い知らされたの。Tokyoのサクラの犬は、彼女の排泄物だけで生きているのよ。素晴らしいと思わない?犬に食費がかからないのよ。こないだ私のあげた聖水ですら、咽て全部飲めなかったお前に出来て?HongKongの美蘭の召使い達は全員、完全剃毛しているのよ。だけどそれだと、誰が誰か分からないでしょう?だから、一人一人に番号を額に刺青しているのよ。背中には、彼女のシンボルである蘭の花の刺青も入れているのよ。素晴らしいと思わない?こないだ脛の毛を燃やされただけで引き攣っていたお前に出来て?Franceのジョセフィーヌの下僕は、四六時中前手錠をかけられているのよ。たとえその不自由さで彼女に上手く毛皮を羽織らせられなくて、罰として鞭打たれても彼は不平一つ言わないわ。むしろ喜んで彼女から与えられる鞭を受けるそうよ。素晴らしいと思わない?こないだ一本鞭の責めに数回で気絶してしまったお前に出来て?私の奴隷についても皆から聞かれたけど、恥ずかしくて何も言えなかったわ。お前はあまりにも芸がなくて、友人達に自慢できないって事よ」
言葉尻を吐き捨てるように、私に投げかけた。
「・・・言葉がないです」
「だから、お前を捨てるの。捨てて新しい奴隷を探すことにするわ。今度は、お前より若くて体力もあって芸達者な奴隷を」
「で、ですが、私も頑張るつもりです」
「頑張るですって?何をどう頑張るっていうの?」
「そ、それは・・・」
「考えもないのに、その場しのぎで言ったのなら気をつけることよ。今までお前のわがままも聞いてあげていたけど、これから私が目指す所はお前がどんなに頑張ったとしてもついてこれないわよ。万が一、ついてこれたとしてもお前の体の数箇所は欠落し、もしかするともう二度と、日の目を見ることはないかもしれないわ」
彼女の言葉には、脅迫めいたものはなく、本当にそうなるだろうと納得させられるだけのリアリティがあった。
そう聞かされても私はなお、彼女に自分自身の可能性を説いた。
「お願いいたします、Mistress」
もう一度、平伏し彼女が私の頭にかける圧力を待つ。
彼女が遠のいていく足音だけが私の耳に入ってくる。
一度足音が止まった。
(これで最後なのだろうか・・・)
自然と涙が溢れ出て、真紅の絨毯に落ちた。
三年間の彼女との思い出が頭を巡る。
辛く痛みを伴う彼女との行為は、私にとっては甘く心地よい思い出だ。
涙を拭い、顔を上げて見納めの彼女の後姿を拝もうとした。
「誰が頭上げていいって言ったの?」
壁にかけてあった乗馬鞭を手にした彼女は後姿のまま言った。
くるりと体の向きを変え、悠然とこちらへ向かってくる。
「お前は言っても分からないようね。だったら体で躾て行くしかないようね、この奴隷」
慌てて頭を床につける。
今度は嬉し涙が溢れ出て止まらなかった。
我はマゾヒスト。
痛みを快楽と感じる愚かな半人間だ。
だが同志よ。自らの性癖を恥じることはない。
誇りを持て。そして、美しき女神達に跪け。
軽蔑こそが我らにとっては甘味な露だ。
嘲笑を得よ。
きっと体の芯が火照ってくるはずだ。
進め、同志よ。
