クンタさんの作品

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毎週月曜と金曜日に、僕は真理様の部屋の掃除を命じられている。自分が望んで掃除させてもらっているというのが本当だ。

合鍵で部屋に入り、一週間の間に荒れた部屋を元通りにする。1LDKは決して広いわけじゃないが、毎回その荒れようを見ると楽な作業ではない。脱ぎ捨てた服を洗濯機に突っ込み、乾燥機に入っているブラウスや下着をたたんでしまう。冷蔵庫のマグネットクリップにクリーニング店の引換券が挟まれていれば、店が閉まる前に取りに行かなければならない。散らかったごみを拾い集め、ゴミ袋に放り込んで掃除機をかける。真理様は外食がほとんどで週に1度か2度自炊する程度だ。料理は嫌いじゃないようだが、後片づけが面倒でやらない、と前に聞いたことがある。今は僕がいることで以前よりは料理をしているみたいだ。それら全部をこなすには2時間くらいはかかってしまう。

荒れようにもよるが上手くこなせば、真理様が仕事から帰ってくる前に終わらせられる。大学の友人たちと上手く別れられなくて、スタートが遅くなったり、荒れようがひどかったりとで、作業中に真理様が帰られたことが何度かあった。

そうなると、よりつよく奴隷という色を濃くすることになる。

真理様の前では、ブリーフのみの姿でいると決められた。だから作業途中で真理様が帰宅されると、以降の作業はすべて裸でやることになる。しかもそんな日は必ず晩酌に付き合わされる。飲むのは真理様だけで、僕は四つん這いになり、背中に真理様を乗せてビール2本分、たっぷり言葉で責められる。

こういう習慣がもう1年近く続いている。

今、僕は大学2年で、真理様は社会人になった。真理様が大学3年のときに僕の家庭教師をしてくれていた。希望の大学に合格して僕は真理様にお礼として何かしたかったが、就職活動で忙しいらしく、僕も新入生として浮かれた毎日を過ごしてばかりで、真理様とは縁遠くなりかけていた。真理様と再会したのは夏の初めのころで、僕は真理様の部屋であらためて遅いお礼を言った。

真理様は家庭教師をしているころから僕のマゾ性を見抜いていた。僕もそれを真理様には隠さなかった。真理様に部屋でSM誌、それも女王様ものを見つけられたとき、僕はひどくうろたえたが、真理様はぱらっと雑誌を払って軽い笑みを浮かべただけでまた元あった場所に戻したことがあった。

真理様の部屋でお礼を言った日から僕は真理様の奴隷になることを誓い、奴隷としての調教が始まった。その手始めが部屋の掃除だった。

夏休みを終えて僕は実家からそれほど遠くないところにアパートを借り、ひとり暮らしを始めた。これも奴隷として真理様に仕えるためだ。

真理様からは未だにマゾとしての調教はない。掃除ばかりのエプロン奴隷だ。

真理様の前ではブリーフ姿になること、時間内に掃除を終えられなかったときのお仕置きとしての人間椅子を強いられる以外には何もない。鞭もロウソクも、それ以外の何かも。それでも僕のほうから、そうした調教を言い出すことはできなかった。

「まずは私好みの奴隷になること。マゾの調教は奴隷として認めてからね」

という一言を僕は守っている。

僕は奴隷でいることに満足しているのかもしれない。責められることはなくても。ただ、もっと真理様の好む奴隷になりたいと思うばかりで。

ベッドサイドの電話が鳴った。

僕は眠い目をしばたかせて受話器を取り、同時に時計を見た。朝の6時前だった。

「コーヒーを入れてくれない?始発まで呑んでてさっき帰ったところ。いい感じで目が冴えちゃってさ」

僕は返事をして家を出た。7月の朝は、まぶしいくらいに陽が高く、ペダルを漕げばそのぶんだけ汗がにじみ出た。夏の朝の爽やかさを感じさせてくれるのは、ほんの一瞬でしかない。6時という時間は、外にいるだけで十分に不快な暑さを感じさせた。

真理様が始発が走るような時間まで呑むことは珍しくなかったが、実際に始発電車で帰ってきたことはこれまでになかった。いつもならタクシーか、僕を迎えに呼ぶのに。そのときになって真理様に今週いっぱいは車検で親父の車が使えないことを伝えていたことを思い出した。実際は、ディーラーが代車を出してくれたのだが、そのことを親父から聞いたのは、真理様に伝えた翌日のことだった。

僕は途中コンビニに寄ってサンドイッチとインスタントのコーンスープを買った。

真理様の部屋に入ると、真理様がこちらを見る。僕は声を出さず一礼だけしてキッチンに立つ。朝まで呑んで帰った日は、あまり声を出さない、音も立てないという決まりがあった。真理様は視線で応えて、またテレビに視線を戻した。テレビは朝のスポーツニュースでプロ野球選手の契約更改でだれだれが年俸2億でとか、そんな話だ。ただ、いつもどおり音はほとんど聞こえないくらいに小さい。お湯が沸くまでに僕は服を全部脱いだ。

真理様の隣に座りコーヒーを差し出すと、カップを取って一口含むと元に戻した。

「あ~、疲れた。背もたれがほしいわ」

僕は床に仰向けに寝ると膝を立てた。何も言わず、僕の股間に腰を下ろすと腿に背を乗せて足を伸ばす。

真理様のかかとが僕の顎を捉える。右の足は膝を折って胸の上に立たせた。

時折爪先が鼻の上あたりを漂い、夏の朝に酔っ払って歩いて帰ってきただけの汗をたたえた香りを振りまいた。そのかぐわしい香りを胸いっぱいに吸い込むと、胸のあたりが盛り上がり、会話はなくとも僕の行為のすべてを真理様に曝してしまった。

これまで何度かこうして座椅子になったが、今日ほど真理様の体を意識したのは初めてだった。真理様の奴隷になってまだ3カ月しか経っていない、いや、もう3カ月も経ったというのに、という言い方もあるが、Mとして調教は、四つん這いの椅子と寝そべっての座椅子調教だけだ。マゾというよりも言葉どおり奴隷としての調教のように思える。僕はそのことを不満に思ったことはない。まだ始まったばかり、だと思いたかった。3カ月というのはまだ十分な時間ではないのだろう。

時折、本格的にSMを体験したくなってクラブに行こうか、と思う。しかし体についた鞭痕などが真理様に見つかってしまうのではないかという不安がつきまとった。自分が十分にMだということは、真理様もわかっているはずなのに、労働奉仕的な調教しかしてくれない。自分をどのようにしたいのか、僕はどうすればいいのか、真理様の部屋から帰ってくると必ず考えてしまう。

しばらく朝のニュースを見たあと、僕の身体から離れベッドに向かった。

「足がだるい。マッサージして。いつものように」

真理様は布団を端に寄せて、ベッドの上にうつぶせに横たわった。

僕は足裏から足首、ふくらはぎ、腿と両手を挟んで滑らせ、筋肉をほぐしていった。それを何度か繰り返すと、次に足裏に指を立てる。ツボなどの知識はない。ただ指を立てて押しつけるだけだが、それでも真理様は気持ちよさそうにしている。リフレクソロジーという言葉もあるのだが、ただ純粋にマッサージのほうがお好みのようだ。

「1時に起こして」

と真理様が言う。やがて真理様は静かな寝息を立てはじめる。

僕はそっと布団をかけて、静かに部屋をあとにした。

いつもの掃除に変化が現れたのは、お盆休みを過ぎてからだ。

真理様は会社のお盆休みを利用して国内旅行に出掛けていた。誰と行くのかを詮索することはできない。ただ、その旅行のあとからの週明けの掃除に、明らかに男性のそれとわかる跡があった。洗濯物の中に男性の下着や靴下があったり、料理もふたり分の食器が洗い場に残っていたり。真理様が僕の存在が疎ましくなって、男の影を露骨に出すようになったのではと思い始めていた。

「真理様、僕がいると彼と上手く付き合えないのではないですか?」

とあるとき、思いきって聞いてみた。

「そんなことはないわ。今の彼とは去年からの付き合いでお前がここに来るようになる前から泊まっていってたわ。毎週末にね」

「そうなんですか」

「お前が週末きちんと掃除してくれるから、私たちはきれいな部屋でいちゃつけるし、どんなに部屋が荒れても週の始めにおまえが掃除してくれるから、安心だわ」

僕は真理様の言葉をぼう然と聞いていた。

「お前が私を嫌いになったなんて言わせないわ。奴隷である以上、私のことを詮索しないで命令に服従しなさい。実は彼もお前のこと、最初から知ってるのよ。

始めのうちはかわいそうだからと言って下着とか持って帰ってたけど、最近はふたりとも働きだして面倒になってきただけのこと。私の奴隷は、イヤ?」

「イヤじゃないです。これからも奴隷としていさせてください」

「そうでしょ。ただ、せっかく彼のことを知ったわけだし、少しは変態度を増やしてあげるわ。今度私たちのエッチを聞かせてあげる。他にも何か考えてあげるわ」

僕は真理様の言葉を聞いて、奴隷としてこれからもそばにいられることで安心した。確かに奴隷の誓いを交わした始めのころは、真理様と何かを期待していたのかもしれなかった。でも奴隷でいることの喜びは、真理様に自分のすべてをさらけ出しても、笑みを返し、許してくれるからなのかもしれない。

奴隷としての自分を考えたときの結果は、真理様が充実していることが自分にもわかれば、それで十分なような気がした。

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