hide5さんの作品 1
「御免なさい」「御免なさいってねぇ、あなた、自分のしたことわかってるの。不法侵入罪、窃盗罪よ。重大な犯罪だよ。わかってるの。警察呼ぶよ」「け、警察は呼ばないでください。お、お願いします」「お願いしますって、あんたちょっとそれ勝手すぎるんじゃない、ねぇ。泥棒に入っておいて。」「裕美、どうする」「警察呼んだほうがいいんじゃない。会社に泥棒が入ったんだから」「そうだよねぇ。泥棒だもんね。にしちゃんはどう思う?」「そうねぇ。事情をまだよく話してもらってないんでよくわからないけど、今日のことが今回だけじゃないかもしれないしね」「そうよ。たまたま今日は出勤していて平気だったけど、これまでも泥棒に入られてるかもしれないし、今日このまま逃がしたんじゃ、またいつ入られるかわからないもの。「そうよ。絶対警察呼ぶべきよ。110番しなくっちゃ」「じゃあ決まりね。警察呼びましょ。裕美、電話して」「わかりました」「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください」「なにするの。手を離しなさい。電話できないでしょ。」「ちょっ、ちょっと待ってください。お願いです。反省しています。本当です。どうか許してください」
私は29歳のサラリーマンです。前年に転職し、同じ業種の会社に勤め始めました。新しい会社に慣れたきたころ、仕事上、どうしても前の会社で職場のワープロに個人的に記録していたフロッピーが必要になったのです。その資料は会社のものではなく、私がまったく個人的に記録していたものでした。事前に会社に連絡して、堂々と取りに行けばなんの問題もなかったかもしれません。しかし、私はその会社となかば喧嘩をする形で退職していたため、どうしても連絡しずらかったのです。そこで、だれもいないであろうと思って、正月の三日に侵入しようとしたのです。個人のものを取りに行くというだけのことだけけなので、とくに罪悪感を感じることもありませんでした。それに侵入といっても、在職中に作っておいた合鍵がありますので、なんなく成功するはずでした。しかし、現実はそんなに甘いものではありませんでした。土曜にもかかわらず、出社している人間がいたのです。私が合鍵を使い会社の扉を開けて中に入ろうとすると、驚いたような目をした3人がそこにいました。一人は吉田係長。33歳、私の上司だった女性です。それから相田さん。私の先般で私よりひとつ上の女性です。二人ともいわゆるキャリアウーマンで、私が在職中にはこの二人に厳しく指導されていたのです。私が退職するトラブルの原因となったのもこのふたりです。そしてもう一人は西野さん。外注のスタッフですが、やはり頭のいい女性です。まず声を出したのは相田さんでした。「あれ、鈴木くんじゃない。どうしたの」「えっ、いやちょっと」。私はまさか人がいるとは思っていなかっただけに、慌てて言葉がでませんでした。すると相田さんの後ろから吉田さんが、「なんであなた鍵開けられたの?」と、いきなり質問を浴びせてきたのです。「そうだ、なんで?あっ、なんか盗みにきたのね」。相田さんが言います。「い、いや違います。ちょっと忘れ物を取りにきただけで、盗むなんてそんな…」。私は慌てて否定しました。「だったらなんで平日にこないの。だれもいないはずの日に、何も連絡しないでいきなりくるなんて、なにか盗みにきたとしか思えないじゃない」。相田さんはもっともなことをいいます。そのとき吉田さんが、さらに私を問い詰めようとしている相田さんを遮り、「ちょっと奥に入ってもらいましょうよ。会議室で詳しく話を聞きましょう」といい、その場を静めました。「こっちへ来て」。吉田さんは私を奥の会議室に招きます。私はどうなるものかと不安になりながらも、事情を説明すればわかってもらえるだろう、退職したときのトラブルのことがあるので少しは難癖をつけせれるかもしれないが、まあすぐにフロッピーを返してくれるだろうと思いながら、吉田さんの後に続き会議室に向かいました。私の後から相田さんと西野さんがついてきます。会議室に入ると、吉田さんは皮製の立派な椅子に腰掛け、足を組みます。ほかの二人はその左右の小さな椅子に座りました。私もその時点では、少し注意されるだけと軽く考えていましたので、吉田さんの前の小さな椅子に座ろうとしたのですが、その瞬間、吉田さんの叱責が響きました。「だれが座っていいっていったの。そこに立ってなさい」。私は事態が容易ではないことがわかってきました。吉田さんは、私に弁解するすきをあたえませんでした。私がなぜ会社に入ろうととしたか、その理由を聞こうとはせず、ただ会社に合鍵を使って侵入しようとしたことだけを問題にしようとしました。「あなたがなにしにきたのかだたいわかるわ。どうせ会社の資料を盗もうとしたんでしょ。正月ならだれもいないと思って合鍵で入ろうとしたんでしょ。合鍵出しなさい」。厳しい口調で断定されて、私はとっさに何もいうことができませんでした。とにかく鍵を吉田さんの机の前に置いたのです。「黙ってないで何かいったらどうなの。黙ってたらわかんないでしょ」「御免なさい」。私はうつむきながら、とりあえずそういいました。「御免なさいってねぇ、あなた。あなた、自分のしたことわかってるの。不法侵入罪、窃盗罪よ。重大な犯罪だよ。わかってるの。警察呼ぶよ」と、たたみかけるように私に怒声を浴びせ掛けてきたのです。「け、警察は呼ばないでください。お、お願いします」。私はしどろもどろになりながら哀願しました。すぐに許してもらえると思っていたのとは大違い。少し長くかかりそうです。しかし、この時点ではまだ私は、それほど深刻には考えていませんでした。とりあえず、うなだれたようなふりで誤っておこうと思っていたのです。そうすればすぐに許してもらえるのではないか。しかし、それが大きな間違いだったことは、徐々に明らかになっていきました。「お願いしますって、あんたちょっとそれ勝手すぎるんじゃない、ねぇ。泥棒に入っておいて=。裕美、どうする」。吉田さんは部下で私の先輩でもあった相田さんの意見を聞きました。私は下目使いで相田さんのほうをチラッと見ました。勤めていたときは、吉田さんよりもよく話しをしてくれた相田さんなら、もしかしたら助け船を出してくれるのではないかと期待したのです。しかし、その期待は無残にも打ち砕かれました。
「警察呼んだほうがいいんじゃない。会社に泥棒が入ったんだから」。相田さんは冷たく言い放ったのです。「そうだよねぇ。にしちゃんは?」。吉田さんは次に西野さんの意見を求めます。「そうねぇ。事情をまだよく話してもらってないんでよくわからないけど、今日のことが今回だけじゃないかもしれないしね」。「そうよ。たまたま今日は出勤していて平気だったけど、これまでも入られてるかもしれないし、今日このまま逃がしたんじゃ、またいつ入られるかわからないもの。そうよ絶対警察呼ぶべきよ。110番しなくっちゃ」。相田さんが西野さんの言葉に触発されるように、厳しい意見を出したのです。「じゃあ決まりね。警察呼びましょ。裕美、電話して」。吉田さんは相田さんに指示します。相田さんは、「はーい」と、顔に少し笑みを浮かべ電話の受話器を取りました。「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってください」。私は慌てて電話を押さえました。「なにするの。手を離しなさい。電話できないでしょ」。相田さんが私に命令するようにいいました。私は慌てました。ここで警察を呼ばれたら、本当に私は犯罪者になってしまうのです。自分の人生もめちゃめちゃです。なんとしても警察沙汰にはできません。「ちょっ、ちょっと待ってください。お願いです。反省しています。本当です。どうか許してください」。私は必死でした。「わけを話しますから、ちょっと待ってください」。「わけなんてどうでもいいの。うちの会社に泥棒が入ったっていうことが問題なの。にしちゃん、お願い、電話して」。吉田さんは、私が相田さんの電話を押さえたままなので、西野さんに電話を頼みました。私はあわてて、口走ったのです。「御免なさい。警察にはいわないでください。なんでもいうこと聞きますから、許してください。警察沙汰だけにはしないでください」。しばらくの沈黙の後、「どうしますか」。西野さんが持て余したように吉田さんの指示を仰ぎました。「あなた、今、なんでもするっていったわねぇ」。吉田さんは低くいいます。「はい。私にできることならなんでもしますから、今日のことはなかったことにしてください。お願いします」。私は頭を垂れて哀願しました。「どうする、裕美」「そうねぇ。なんでもやるって、本当になんでもやらせていいのしら」。「それはそうよ、自分でいったんたから。それにやらないっていったら警察をよべばいいんですもの。フフフフ」「ああそっか、そうよね。あたし達の命令通りにしなければすぐに警察行きだもんね。フフフフフフ」「はい、なんでもいうこと聞きますので、どうか警察だけは…」「じゃいいか。そういうことで」。どうやら警察だけは避けられることになり、少し安心しました。「でもさあ、なにか鈴木君が侵入しようとした証拠になるようなものを残しておいたほうがいいんじゃない。後々のためにも」。西野さんが思わぬ案を出しました。「そうだね。一筆証文書かせておこう」「そうね。さすがにしちゃん。はい、ボールペンとレポート用紙」。相田さんが相槌を打ち、私に筆記用具を手渡そうとします。「ちょっと待って。その前にこいつに私たちに謝罪と感謝をさせておこなくちゃ。泥棒を掴まえておいて表沙汰にしないであげるんだからだからね。お前、なんとかいってごらん」。吉田さんは私をじっとみつめて命令口調でいいました。私の呼び方も“あなた”から“あんた”、そして“こいつ”、“お前”と変わりました。吉田さんはどうやら私をいたぶることで、自分の怒りを解消しようとしているようです。でも、とにかく表沙汰にしないでおいてくれるのならと思い、謝罪と感謝の言葉を頭で考えようとしました。
