b-maniaさんの作品「愛は歪曲の彼方に」(2)
あれから半年。泉美は週3日の通常授業、週1回の個別授業、そして20日間の夏期講習会、一日も休むことなく、誰よりも早く塾に来て、誰よりも遅くまで残って勉強をした。
その弛まぬ努力が報われて、泉美の英語の成績は目に見えて上昇し、あっという間に同じクラスの子達とほとんど変わらないぐらいにまで成長していた。
泉美の直向さと真摯な態度に、私は触発され、「絶対、この子を第1希望の学校に入れてやる。」という気持ちで、必死に教えた。いつしか泉美の真剣な瞳に、私の心は大きく動かされていた。
10月のとある土曜日の個別英語の時間…の30分前。
「圭介先生、こんちは~!」元気な声と笑顔で、いつものように教室にドタバタと駆け込んでくる。
泉美は必ず30分前に塾に来て、仕事を手伝ってくれたり、馬鹿話をしたりする。私はいつものように、「コラコラ、泉美。落ち着きな。『こんばんは』、だろ?」「どっちでもいいでしょ。」アッカンベーをして、教室に入っていく。
「泉美、今日も艶っぽい格好してるなあ。デートの帰りだろ?彼氏の趣味なのか?」と、僕は冷やかすように言う。
「泉美の大好きな誰かさんに見せるためですよ。」と、アッケラカンと答える。
「ずいぶん大人っぽい趣味だな、泉美の彼氏って…。」と、私はただただ、感心するばかりであった。
いつもの泉美との何気ない会話にも、今日の私はなんとなくドキドキしていた。私はロリコンの気は決してない。
ただ泉美を見ていると、いつしか「女の子」ではなく、1人の「女性」として意識していた。
泉美は167センチぐらいの身長で手足が長く、とても美人である。大人の世界への憧れが強く、発言や考え方にしても、確固とした「自分」というものを持っている才女だった。
私の目の前にいる泉美は全てに於いて、1人の完成した「大人の女」であった。
普段の泉美はそうでもないのだが、土曜日の個別授業の日には決まって、大人顔負けの化粧をし、母から借りたという服を着て、ハイヒールやブーツを履いて塾に来ていた。
この日の泉美は、ボアつきの白い半袖ニットと、黒いレザーのスーツとミニスカート。
白い編みタイツに包まれた、スラッと長く伸びた脚には、寸分の隙間もなくピッタリと張り付くように、細く高いヒールの黒いストレッチ・ブーツがよく似合っていた。
目の前にいる美しい女性が、とても14歳の女の子には思えなかった。
脚フェチの私にとっては、今日の泉美の格好は意識せずにはいられなかった。
コツコツというブーツの靴音が2人だけの教室に響いている。
ブーツを履いた泉美の脚腺美は、私を挑発しているようだった。
私の息子はズボンの中でじっとしておられず、ポケットの中に手を入れて、大きくなった息子の位置を必死で修正していた。
「どう、先生?今日の泉美ってば、セクシーっしょ?圭介先生も一応、男だから、きっとこんな格好、好きだろうなあと思ってネ。サービスしといたよ。」「ば、馬鹿いうなよ。お、俺は別になんとも…。」「ほら、また赤い顔してすぐムキになるんだから。そんなだから、圭介先生ってば、とびっきりカッコイイくせに、30歳になっても彼女の1人もいないんだよ。」と、泉美の癖である、私の目を覗き込んで、笑いながら憎まれ口を叩く。
そんな悪戯っぽい泉美の笑顔に翻弄されながらも、まんざらでもない私であった。
「泉美はホントに可愛いよな…。あれで歳がもう少し上で、教え子でなけりゃなあ…。」と溜息混じりに、声に出せない本音を心の中で呟いた。
やはり仕事柄、先生と生徒の間での色恋沙汰は御法度とされていて、「自分の教え子に手を出すなんて…。ましてや中学生なんか、シャレにもならない。」という、一応、世間体を気にする心が、私を余計に悶々とさせた。
泉美は、鞄をいつもの自分の席に置くと、大急ぎで私の側に駆け寄ってきた。
「先生、聞いて!この間の学校の実力テスト。
英語で、生まれて初めて80点取れたんだよ~。50点UP!スゴイッしょ?」「ほ、ほんとに?おめでとう。俺、すげー嬉しいよ。やったなあ、泉美!」「圭介先生のおかげだよ。ありがとう。先生、大好き。」私の胸に縋り付いた。久しく忘れていた、甘く優しい女の子の香りが鼻先を擽った。
「コ、コラ。い、泉美。…泉美?」「圭介先生がいたから…、圭介先生だから泉美、ここまで頑張れたんだよ。先生、本当にありがとう。」さっきまでの明るく元気な泉美の声ではなく、鼻にかかって上擦った声だった。泉美の体が心なしか、小さく震えている。
顔を上げた泉美の大きな瞳に光る涙を見て、胸が潰れそうになるぐらい締め付けられた。
私は「泉美を愛している」という、自分の気持ちに気がついてしまった。
そんな想いを悟られまいと、理性と教師という立場で必死に押し殺そうとしていた。
「来年にはいなくなる子だから」と、自分に言い聞かせながら…。
冷静さを装い、泉美を落ち着かせた。
「じゃあ、もっともっと頑張れ!先生は泉美のために、もっともっと応援してやっからな。」泉美の手を握って言った。「うん、先生。もっともっと頑張るよ。…ゴメンネ、先生。…泉美、すっごく嬉しいんだ。塾でも家でも、こんなに褒められたことがなかったから…。ずっと一人ぼっちだったの…。パパとママは仕事で家にいない日が多いから。今日、学校が休みだったから、家でず~っと圭介先生のことばっかり、考えてたの…。圭介先生に早く会いたかった…。会って、いっぱいいっぱい褒めて欲しかった…。甘えたかったの、圭介先生に…。」普段の姿からは決して想像することのできない、本当の泉美に出会ったような気がした。
涙を拭う14歳の少女の寂しげな素顔に…。
泉美のそんな言葉が、私の理性の壁を打ち壊してしまった。
もはや自分の気持ちを抑えることができなくなった私は、細くしなやかな泉美の体をきつく抱きしめた。
静かに目を閉じる泉美の震える唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねていた。
「圭介先生、大好き…。初めて会ったときから、ずっと…。」また、涙が零れ落ちそうな瞳で私を見つめる。
「俺もだよ、泉美。初めてなんだ、こんなに人を好きになるなんて…。」2人は時を忘れ、お互いの唇を求め合った。
泉美は爪先立ちのまま、私の首に腕をまわし、私との初めてのキスに酔いしれていた。
永遠の思い出として、心に刻むように…。
2人は1本の電話で我に返った。唇を離した2人の間には、なんとなく照れ臭い雰囲気が漂っていた。
間違い電話だった。離れがたい気持ちを引きずりながら、私と泉美は椅子に向かい合って座った。
「な、なんだか、照れくさいネ…。圭介先生、英語始めようよ。」「あ、ああ…。」いざ、勉強を始めてしまうと、いつもの先生と生徒の関係に戻っていた。
さっきまでの出来事がまるで夢のように思えた。唇に残る泉美の感触を確かめながら、目の前の少女に目を向ける。
そこには半年前、中学1年生内容の簡単な問題さえ出来ないことを恥じて、悔し泣きをした泉美が黙々と勉強している。
あのときとは比べ物にならないぐらい、彼女の英語の力は格段に上達していた。
2時間の個別授業が終わった。
帰りの支度を始めている泉美に私は、「泉美、明日忙しいか?」と、尋ねた。
「ううん、全然。どうして?」勉強の時だけ、かけている眼鏡をはずしながら答える。
「明日、映画でも見に行かないか?成績が上がったご褒美に。」「ホント!絶対?嬉しい!行きたい。圭介……先生とだったら…。」私とキスをしてから、泉美はなんとなく『先生』と言いにくそうだった。
「圭介でいいよ。」「圭介といっしょだったら、どこでもいいの!ずっとずっといっしょにいたいの!」と興奮したように、泉美は満面の笑みを浮かべた。
私のことを『圭介』と呼べる、そして私から好きだと言って貰えた自分がどれほど嬉しいのかを、体全体で私に伝えようとしている。
私は泉美のそんな無邪気で、一生懸命で、自分の気持ちに不器用なところがとても愛おしく思えた。
そんな泉美の姿に私自身の姿を重ねて見ていたから…。
「でも、この近くじゃ、みんなにばれちゃうネ。圭介、まずいんでしょ?先生と生徒が付き合ってるって、ばれたら…。」「車でドライブにしよっか?ちょっと早めに出れば、神戸ぐらいすぐだろ?明日、朝7時に迎えにいくから。2人でゆっくり過ごそう。映画見て、食事して、買い物して…。とにかく一日、めいっぱい楽しもうな。」「うん。」「ところで、前々から気になってたんだけど、土曜の授業のときはいつも、とびっきり大人っぽい服装で泉美は塾に来るだろ?何で?」「もう!圭介ってば、泉美の話、全然聞いてないっしょ?さっきも言ったじゃないよ!泉美の大好きな人に見せたいから、って…。大人っぽい格好してたら、圭介、泉美のこと、ちょっとぐらい気にしてくれるんじゃないかなって思ったの…。あたしってば、まだまだガキだから…。せめて、見た目だけでも圭介に釣り合う女性になりたかったから…。もっともっと綺麗になりたいの。圭介にもっともっと愛してもらえるような大人の女になりたいの。お酒とタバコが似合うカッコイイ大人の女性に…。」「今でも充分に可愛いよ。先生もガキだから、そんなに無理しなくても大丈夫。泉美は俺のこと、ガキだと思ってるんだろ?」「でも、圭介はオッサンでしょ?」「コラ、泉美!一言多いぞ!」「ホラ、また圭介ってば、すぐムキになる。ホント…まだまだガキだね。」「うっせい!」泉美はクスクスと笑った。泉美に笑顔が戻り、なんとなくいつもの2人に戻っていた。
ただ、少し違っていたこと…、それは2人が膝を並べて座っていること。
泉美が私の腕に抱かれていること。…そして泉美が私を「先生」と呼ばなくなったこと…。
